アキバ系じゃない趣味

見えない生命のアルゴリズム プログラマーが発酵の世界に没頭する理由

Tags: 発酵, 趣味, 料理, ライフスタイル, 体験談

コードと発酵、二つの世界との出会い

私は普段、コンピュータの前に座り、コードを書いて論理を組み立てる日々を送っています。エラーと格闘し、システムの構造を設計し、予測可能な結果を追求するのが仕事です。そんなデジタルでロジカルな世界に身を置く私が、数年前から熱中している趣味があります。それは、「発酵食品作り」です。

きっかけは、健康への漠然とした興味でした。ある時、腸内環境が健康に重要だと知り、自家製ヨーグルトや甘酒に挑戦してみたのが始まりです。最初は単純な「レシピ通りに作ってみる」という試みでしたが、すぐにその奥深さに魅せられることになりました。

見えない生命たちの協働プロセス

発酵食品作りは、まさに微生物たちの活動によって成り立つ営みです。ヨーグルトなら乳酸菌、味噌や醤油なら麹菌、酵母、乳酸菌、納豆なら納豆菌といった、目に見えない生命たちが、糖やタンパク質を分解したり、新たな成分を合成したりすることで、風味や保存性が生まれます。

例えば、私が特に好きなのは味噌作りです。大豆を煮て潰し、麹と塩を混ぜ合わせて仕込みます。あとは、温度と湿度が適切に保たれる場所で、微生物たちに「お任せ」する時間です。半年、一年と時間をかけることで、最初は単なるペーストだったものが、香り高く、旨味に満ちた味噌へと変化していきます。

このプロセスは、まるで小さな生態系、あるいは非常に複雑な分散システムを見ているかのようです。それぞれの微生物が独自の役割を果たし、環境要因に影響されながら全体として一つの結果を生み出します。コードが入力に対して明確な出力を返す線形的なプロセスだとすれば、発酵は、複数の要素が相互に影響し合い、非線形的に、時に予測を超えた結果を生み出すダイナミックなプロセスと言えます。

なぜ発酵食品作りに惹きつけられるのか

発酵食品作りの最大の魅力は、その予測不能性と驚きにあります。同じ材料、同じ手順で仕込んでも、気候や微生物のわずかな違いで、出来上がりの風味は変わります。これは、厳密なロジックで制御されるプログラミングの世界とは真逆です。

また、時間をかけてゆっくりと変化していく様子を観察する過程も魅力です。仕込んだ直後の香りと、数ヶ月後の香りの違い。表面に現れるカビの種類(良いカビもいます)や色の変化。それは、生き物が活動している証であり、生命の力強さを間近で感じることができます。

さらに、完成した時の達成感は格別です。自分で育てた微生物たちが作り出した、複雑で深みのある味わいの食品を口にした時、「これは生きている味だ」と感じます。市販品にはない、手作りならではの豊かな風味が、日々の疲れを癒してくれます。

時間と費用感について

発酵食品作りにかかる時間と費用は、挑戦する種類によって大きく異なります。

例えば、ヨーグルトや甘酒であれば、種菌や米麹、牛乳やご飯といった材料費は数百円程度です。かかる時間も、仕込み自体は15分程度で、あとは保温器や炊飯器の保温機能を使えば数時間で完成します。非常に手軽に始められます。

一方、味噌や醤油となると、材料費は数千円から1万円程度になることもあります。仕込み自体に数時間かかりますし、熟成には半年から数年が必要です。仕込んだ後も、カビの管理や天地返しといった手入れが必要になる場合があります。

道具についても、最初は特別なものは必要ありません。清潔な容器や温度計があれば十分です。ハマってくると、専用の保温器や大きな甕などが欲しくなることもありますが、まずは自宅にあるもので十分に始められます。総じて、比較的ローコストで始められる趣味と言えるでしょう。

プログラミング、そして人生への意外な影響

発酵食品作りは、一見するとプログラミングとは全く関係ないように思えます。しかし、この趣味を通じて得た学びは、意外な形で私の仕事や人生に影響を与えています。

まず、「観察力」が磨かれました。微生物の活動は目に見えませんが、温度、湿度、香り、見た目のわずかな変化から、彼らの状態を推測する必要があります。これは、システムのログや挙動を観察し、見えないバグの原因を探る作業と通じる部分があります。

次に、「不確実性への対応」です。発酵は常にレシピ通りに進むわけではありません。想定外のことが起こった時、パニックになるのではなく、その状況を観察し、原因を推測し、可能な対策を考える。これは、予期せぬシステム障害が発生した際のトラブルシューティングに非常に役立つ考え方です。完璧な制御は不可能であることを理解し、柔軟に対応する力が養われます。

また、時間をかけて一つのものを作り上げる「忍耐力」と「プロセスを信頼する」姿勢も身につきました。コードを書けばすぐに結果が見えることが多いですが、発酵は何ヶ月、何年も待つ必要があります。すぐに結果が出なくても、正しいプロセスを踏んでいれば必ず良い方向に向かう、という信頼感は、長期的なプロジェクトに取り組む上で重要な心の持ちようだと感じています。

さらに、デジタルな世界から離れ、五感を使い、生命のダイナミズムに触れる時間は、脳のリフレッシュになります。仕事のストレスが軽減され、より多角的な視点から物事を考えられるようになったと感じています。

この趣味を通じて得られたもの

発酵食品作りを通じて得られたものは、美味しい自家製食品だけではありません。

生命の神秘に対する畏敬の念。微生物という、目に見えないながらも地球の生態系を支える存在の偉大さを知りました。 健康に対する意識の変化。自分が口にするものがどのように作られるのかを知ることで、食に対する考え方が変わりました。 探求心と学びの楽しさ。発酵のメカニズムや微生物について学ぶのは、プログラミングとは異なる分野ですが、知的好奇心を強く刺激されます。 そして、作ったものを家族や友人とシェアし、「美味しいね」と言ってもらえる喜び。これは、一人でコードを書いている時には得られない、温かい充足感です。

読者へのメッセージ

もしあなたが、仕事に追われる日々の中で何か新しい刺激を求めている、あるいは健康的なライフスタイルに興味があるのなら、発酵の世界に足を踏み入れてみるのはいかがでしょうか。

難しそうに感じるかもしれませんが、自家製ヨーグルトや甘酒のように、驚くほど簡単に始められるものから挑戦できます。必要な情報源は、インターネット上のレシピサイトや、初心者向けの入門書が豊富にあります。最近では、オンラインやリアルでのワークショップも開催されています。

完璧を目指す必要はありません。最初は失敗することもあるかもしれませんが、それもまたプロセスの一部です。大切なのは、見えない生命たちの営みに思いを馳せながら、変化を楽しむことです。

まとめ

プログラミングは論理と構造の世界ですが、発酵食品作りは生命と変化の世界です。この二つは対照的でありながら、私にとってはどちらも知的好奇心を刺激し、創造性を掻き立てるものです。

発酵食品作りは、忙しい日常に「待つ時間」「観察する時間」をもたらし、自分自身の内面や、周囲の世界を見る解像度を高めてくれます。もしあなたが「アキバ系じゃない趣味」を探しているのなら、目に見えない生命のアルゴリズムに触れる、発酵の世界はきっとあなたの人生を豊かなものにしてくれるでしょう。