アキバ系じゃない趣味

自然のロジックに耳を澄ます プログラマーがバードウォッチングに心奪われた理由

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静寂の中で、新たな「フィールド」へ

私の日常は、ディスプレイの光とキーボードの音に囲まれています。複雑なシステム構造を考え、コードを書き、テストを繰り返す。論理と効率の世界です。そんな私が、ある日突然、双眼鏡を手に早朝の公園に立つことになるとは、数年前まで想像もしていませんでした。

きっかけは、偶然手に取った一冊の鳥類図鑑でした。美しい写真と、多様な形態、生態の説明に魅せられ、ふと「こんな鳥が本当に身近にいるのだろうか」と思ったのが始まりです。プログラマーたるもの、まずは実地検証、ということで、近所の公園に行き、そこで見かけたスズメやハト以外の鳥に目を向けてみたのが、バードウォッチングという趣味との最初の出会いです。

静寂の中のコード、自然のアルゴリズム

バードウォッチングは、簡単に言えば「野外で鳥を観察し、識別の楽しさや生態を知る面白さを味わう」趣味です。私の場合は、主に近隣の公園や河川敷、時には少し足を延ばして自然豊かな場所へ出かけます。必要な道具は双眼鏡、鳥類図鑑、そして鳥の鳴き声を識別するための図鑑アプリや録音機などです。

早朝、まだ人通りも少ない時間帯にフィールドに出ます。木々の上や茂みの中で動く小さな影を双眼鏡で追い、その姿、色、特徴を確認します。鳴き声が聞こえれば、それがどの鳥なのか、図鑑やアプリで調べます。シジュウカラの「ツピツピツピ」、メジロの可愛らしいさえずり、ジョウビタキの「カッ、カッ」という声など、耳を澄ますことで初めて気づく「音のコード」があります。

この趣味に深くハマったのは、その予測不能性と、それでも存在する「パターン」に気づき始めた頃からです。プログラミングの世界では、入力に対してほぼ必ず予測可能な出力が得られますが、自然界はそうはいきません。同じ場所でも日によって出会える鳥は違いますし、天候や季節によって彼らの行動も変化します。しかし、繁殖期には特定の場所に集まる、特定の植物の実を好んで食べる、といった生態に基づく「アルゴリズム」のようなものが確かに存在します。それを解き明かそうと観察を続けるうちに、まるで壮大な自然システムのデバッグをしているかのような感覚に陥り、深く惹きつけられました。

時間と費用、そして得られる「非効率」の価値

時間については、休日の早朝に2〜3時間程度フィールドに出ることが多いです。平日でも、仕事前に近所の公園を30分ほど散歩しながら軽く観察することもあります。年間を通して楽しめますが、特に渡り鳥が見られる春と秋は活動が増えます。

費用面では、最初にしっかりした双眼鏡(数万円程度)と、信頼できる図鑑(数千円)があれば十分に始められます。交通費はフィールドによって異なりますが、近場であればほとんどかかりません。高価な望遠レンズ付きカメラなどもありますが、それはさらにのめり込んだ場合の投資であり、必須ではありません。

プログラミングのような「効率」や「最適化」とは対極にある、ある意味では非常に「非効率」な時間の使い方かもしれません。しかし、その「非効率」の中にこそ、私にとって価値がありました。

仕事への意外な影響と、視野の広がり

この趣味がプログラミングスキルに直接的な技術的影響を与えたかというと、それはあまりありません。しかし、仕事観や思考プロセスには間接的な影響があったと感じています。

一つは、「パターン認識と分類」のスキルです。膨大な情報(鳥の姿、鳴き声、行動、生息環境)の中から特徴を捉え、瞬時に既知のデータ(図鑑の情報)と照合して識別する作業は、まるで複雑なログデータから異常パターンを見つけ出したり、大量のコードの中からバグの原因を探したりするプロセスと似ている部分があります。自然界の多様で曖昧なデータを扱う経験は、論理だけでは割り切れない現実世界の問題に対するアプローチの柔軟性を養ってくれたように思います。

また、早朝の澄んだ空気の中で鳥たちの活動を観察する時間は、最高のリフレッシュになります。ディスプレイから目を離し、全身で自然を感じることで、頭の中がクリアになり、仕事で煮詰まっていた問題の解決策がふと思いつくことも少なくありません。自然のリズムに触れることで、時間に追われがちな日常から意識的に距離を置くことができ、精神的な安定にも繋がっています。

何より、仕事や技術のことばかり考えていた世界から、「自然」という全く異なる広大な世界に視野が広がったことが最大の収穫です。身近な場所にこんなにも多様な生命が息づいていることを知ることは、純粋な知的好奇心を満たしてくれますし、環境問題などに対する意識も自然と高まります。技術的な知識とは全く異なる種類の知識や視点を得ることは、人生を豊かにする上で非常に重要だと感じています。

これからバードウォッチングを始めたい方へ

もしあなたがプログラマーとして日常に少し閉塞感を感じていたり、仕事とは全く違う世界に触れてみたいと思っていたりするなら、バードウォッチングは素晴らしい選択肢の一つになるかもしれません。

始めるにあたって、特別なスキルは一切不要です。まずは、スマートフォンに鳥類図鑑アプリを入れて、近所の公園を散歩してみることから始めてみてください。意外なほど多くの種類の鳥が身近にいることに気づくはずです。

次に、少し慣れてきたら、手頃な価格の双眼鏡を購入することをお勧めします。双眼鏡があるだけで、観察できる世界の解像度が劇的に上がります。また、各地で開催されているバードウォッチングの観察会に参加してみるのも良いでしょう。ベテランの方と一緒に歩くことで、識別方法や鳥の探し方など、多くのことを学ぶことができます。

大切なのは、完璧を目指さないことです。最初は名前が分からなくても全く問題ありません。ただ、そこにいる鳥たちの姿や鳴き声に耳を傾け、彼らが自然の中でどのように生きているのかを感じてみてください。観察ノートをつけるのも楽しいものです。見た鳥の種類、場所、時間、行動などを記録しておくと、後で見返したときに自分の成長を感じられますし、特定の場所での鳥の出現傾向なども見えてきます。

ディスプレイの外に広がる世界へ

私たちは常に変化し続ける技術と向き合っていますが、同時に私たち自身も、技術の世界だけに閉じこもる必要はありません。ディスプレイの外には、五感を刺激し、知的好奇心を満たし、そして心の安らぎを与えてくれる多様な世界が広がっています。

バードウォッチングを通じて私が得たのは、単なる鳥の名前や生態の知識だけではありませんでした。それは、移りゆく季節の中で自然のリズムを感じる穏やかな時間であり、論理的な思考とは異なる直感や感覚を研ぎ澄ませる機会であり、そして何よりも、日常の喧騒から離れて自分自身と向き合う静寂の時間でした。

あなたの人生を豊かにする「アキバ系じゃない趣味」は、きっとすぐそこに隠されています。一歩踏み出せば、思いがけない発見や感動が待っているかもしれません。