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一杯の探求 プログラマーが自家焙煎にかけた情熱

Tags: コーヒー, 自家焙煎, 趣味, ライフスタイル, エンジニアの休日

キーボードから焙煎機へ:未知なる香りの世界への一歩

プログラマーとして日々、ディスプレイと向き合い、コードを書き続ける生活を送っています。論理的な思考や効率化を追求する仕事はやりがいがありますが、ふと、もっと五感に訴えかける、アナログな世界に触れたいという思いが募ることがありました。そんな時、偶然訪れたコーヒー専門店で、自家焙煎について店主から話を聞く機会があったのです。

それまでコーヒーは「飲むもの」であり、せいぜい豆の種類を選ぶ程度でした。「焙煎」というプロセスを自宅で行えるという事実に、強い好奇心を掻き立てられました。それはまるで、普段ブラックボックスとして扱っているライブラリの内部実装を覗き見たい、というエンジニア的な探求心に近いものだったかもしれません。これが、私が自家焙煎コーヒーの世界に足を踏み入れるきっかけとなりました。

豆と炎の対話:自家焙煎コーヒーの具体的なプロセス

自家焙煎と聞くと大掛かりな機械を想像されるかもしれませんが、実は非常にシンプルに始めることができます。私が最初に手にしたのは、フライパンでも使える手網式の焙煎器でした。

まず、生豆を選びます。コーヒー豆は産地や精製方法によって驚くほど多様な個性を持っています。次に、いよいよ焙煎です。手網に生豆を入れ、弱火で振りながら加熱します。豆の色が黄色から茶色に変化し始め、水分が飛ぶにつれて音が聞こえてきます。

この「音」が自家焙煎の面白い点の一つです。加熱が進むと「パチパチ」という音が聞こえてきます。これを「1ハゼ」と呼び、豆の内部で水分が水蒸気になり膨張して弾ける音です。さらに加熱を続けると、今度はもう少し激しい「パチ、パチッ!」という「2ハゼ」が始まります。このハゼの音、そして豆の色や香り、立ち上る煙の具合など、五感を研ぎ澄ませて判断し、好みの焙煎度合いで火から下ろします。

焙煎された豆は熱いので、すぐに冷却します。冷めたら、淹れる直前に豆を挽き、ハンドドリップなどで抽出します。生豆から一杯のコーヒーになるまで、全ての工程に関わる。この一連の流れが、自家焙煎の基本的なプロセスです。

パラメータ調整の面白さ、そして予測不能なアナログ性

自家焙煎にこれほどハマった理由はいくつかあります。一つは、プログラミングにおけるパラメータ調整にも似た、試行錯誤の面白さです。豆の量、火加減、振り方、煎り止めタイミングなど、様々な要素が最終的な味に影響を与えます。同じ豆を使っても、焙煎の仕方一つで酸味が際立ったり、苦みが強調されたり、香りが華やかになったりと全く異なる表情を見せるのです。

しかし、これがプログラミングと決定的に違うのは、全てが論理的に制御できるわけではない点です。同じ条件で焙煎したつもりでも、その日の気温や湿度、豆自体の微妙な個体差によって結果は変わってきます。この予測不能な、良い意味での「アナログ性」が、逆に新鮮な驚きと発見をもたらしてくれます。ディスプレイの中だけでは決して得られない、五感を通して感じる喜びや達成感があるのです。

手軽さと深淵さのバランス:時間と費用について

自家焙煎を始めるための初期費用は、手網式焙煎器であれば数千円程度と、非常に手軽です。ガスコンロがあればすぐに始められます。本格的な電動焙煎機になると数万円から、上を見れば数十万円以上のものもありますが、まずは手軽な方法で試すのが良いでしょう。

時間については、一度の焙煎でかかる時間は豆の準備から冷却まで含めても30分から1時間程度です。週末にまとめて焙煎しておけば、平日はいつでも新鮮なコーヒーを楽しむことができます。豆代は生豆の方が焙煎済みの豆よりも一般的に安価ですが、様々な種類の豆を試したくなるため、結果的に消費量は増えるかもしれません。私の場合は、機材に数万円を投資し、月に数千円から1万円程度を豆代や消耗品にかけているイメージです。仕事の合間の気分転換や、週末のリラックスタイムに充てる時間として、無理なく続けられています。

思わぬ副産物:仕事への影響と視野の広がり

この趣味がプログラミングスキルに直接的な影響を与えたかと言われると、明確なスキルアップは感じにくいかもしれません。しかし、仕事への向き合い方や視野には少なからず影響があったと感じています。

自家焙煎では、データだけでなく、香り、音、色、感触といった非言語的な情報から多くを読み取り、判断する必要があります。これは、普段論理やデータばかりを重視しがちなエンジニアにとって、非常に良い訓練になります。論理だけでは割り切れない、複雑な事象への理解を深める助けになっていると感じます。また、思い通りにいかない結果を受け入れ、次に活かす柔軟性も養われたように思います。

何よりも、仕事以外の時間で熱中できる何かがあること自体が、精神的なバランスを保つ上で非常に重要だと感じています。仕事のパフォーマンスは、決して技術力だけで決まるものではないと改めて認識しました。

一杯のコーヒーが生む豊かな時間と新たな繋がり

自家焙煎を通じて得られたものは多岐にわたります。まず、何よりも「自分の手で理想の味を作り出す」という深い充足感です。朝、自分で焙煎した豆で淹れるコーヒーは、格別の美味しさがあります。この一杯が、一日の始まりを豊かにしてくれます。

また、同じ趣味を持つ人との繋がりも生まれました。SNSで情報交換をしたり、イベントに参加したりすることで、これまで知らなかった世界が広がりました。コーヒーを巡る技術や知識は奥深く、常に新しい発見があります。

そして、五感を研ぎ澄ませる時間を持つことで、普段見過ごしていた日常の中の小さな変化や美しさに気づけるようになったと感じます。香りの微妙な違いを識別したり、豆が弾ける音に耳を澄ませたりする時間は、デジタルノイズから離れた静かで穏やかな時間です。

まずは気軽に、一杯の探求を始めてみる

もし自家焙煎に少しでも興味を持たれた方がいれば、まずは気軽に試してみることをお勧めします。高価な機材は必要ありません。手網と生豆があれば始められます。最初のうちは失敗するかもしれませんが、それもまた楽しい経験です。

専門店で生豆を購入する際に、店員さんに相談してみるのも良いでしょう。自家焙煎に関する書籍やYouTubeチャンネルも豊富に存在しますので、情報収集にも困りません。完璧を目指すのではなく、「自分好みの一杯を探求する」という気持ちで楽しむのが、長く続ける秘訣だと感じています。

仕事以外の情熱が、人生を色鮮やかにする

プログラミングという素晴らしい仕事に打ち込む一方で、仕事とは全く異なる世界に情熱を注ぐ時間は、人生をより豊かに、より色鮮やかにしてくれます。私の場合はそれが自家焙煎コーヒーでしたが、どんな趣味であっても、没頭できる何かを持つことは、エンジニアとしての視野を広げ、人間的な深みを増すことに繋がるはずです。ディスプレイから少し離れて、自分だけの「一杯の探求」を見つけてみるのはいかがでしょうか。